昔の自分に対して今の自分は何を話しかけるかを考えていたら出てきたものです。

見直すと長いね。気持ち悪いね(笑)

考える作業は嫌いだった

あなたは算数や数学の時間に特に考えることもなくすぐに答えを開いてわかった気になっていたね。単純な計算問題だったらそれでいいだろうけれど、ちょっとひねった問題になると全く答えることができなかったよね。それでいて、応用問題をどのように解くかの分析もせず、ただ解法だけ覚えてわかった気になっていたね。

あなたは大学の講義中にただひたすら判例や学説を暗記していたね。その時の気合と根性は素晴らしいものがあると思う。でも、今それを活かせているかな?確かに丸暗記で単位は取得できたけれど、その思考プロセスを身に付けることはできなかったよね。

あなたは仕事を始めて会計学や経営学、マーケティングについて勉強するチャンスがあったよね。会社からの業務命令だったけれど君はそれを丸暗記でやり過ごしたよね。フレームワークとかも覚えたけれど、実際に使うことは無かったよね。

あなたは昔から何かにつけてすぐに答えを知ろうとしていたよね。この場合はこうなるっている直線的な思考パターンしかできなかったし、それが正しいと思っていたよね。知識と思考の違いを理解していなかったよね。

いま、私は苦労しています。考える習慣を身についていない私は非常に苦労しています。思考停止のマニュアル人間から先に進めていません。

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ここ数カ月はブログを書くという趣味ができて、何かしらのトピックから自分の考えとかを作り出せるようになりつつありますが、これがまた難しいのだわ。先輩ブロガーや超有名どころのブログを見てみると、なんでこんなに鋭い意見が書けるのかと感心しきりなわけです。

そこで私は考えました。
・すぐに答えを知ってその通りにしかできないようだと思考停止状態になっている。
・答えを知ればできた気になれるけれど極めるまではいかない。

最初のとっかかりはマネというか答えをすぐに知ることでいいんだと思います。先人の知識を利用することは間違っていません。でもそれだけだと何も生み出せないんです。

重要なのは知っていることと自分で考えたことやこれからやろうとしていることをごちゃごちゃにしないこと。知識を得ることだけが目的じゃないということ。知識を得ただけで満足しないこと。その知識の補強をできるようにすること。

どうしてその答えに至ったのかを自分で考えてみないと自分で考える力はつきません。全部「ふーん」で終わり。そこから、「どうしてそうなったんだ?」「だからなんなの?」っていう疑問が出てこないと、思考停止状態で言われたことを言われたままやるような仕事しかできなくなってしまうのです。

以前の私は思考停止状態で仕事をしていました。すぐに先輩に答えを聞いて、言われた答えのまま仕事をして、なぜこういうことをするのかを考えようともしていませんでした。そこには自分の意見は存在しません。考えていないのですから当然です。

こういう生活をしているなかで一番困るのは「君はどう思う?」と意見を聞かれるときです。これは本当に困る。思考停止しているのだから、どう思うも何もない。ニュースの感想でもなんでもいいけれど、自分はこう思う、こう考えるっていう自分の意見が作れない。

なぜこういう答えになるのかを自分で考える癖がついているならば、そこで培った思考力を使うことで瞬間的に自分の意見を組み立てることができる。

会社の経理関係の仕事をしていると、この経理処理は税務上どうなの?って疑問が何度も出てきます。その時に、解説書でも開きながらこれは条文のこの規定があるからこの処理が適切です。判例でもこの事例にこの要件が一致しているので同様の判断になるでしょう。とまで調べて処理していくと、自分で調べた自分の考えとして身に付けることができます。

説得力も全く違いますよね。根拠を調べて自分で考えた結果こうなりましたっていうのと、誰々先輩が言っていましたっていうのは受け手の印象も全く異なります。

経理とかならまだ答えが見つかりやすいですが、これが人間関係や交渉事であればどうでしょうか?正解のない世界で答えを求めても見つかることは無いのです。

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答えを知るならばそれ以上の行動をする

右も左もわからない状態であれば、まずは答えを知ってとにかく行動することの方が重要です。でもそれは本当に初期の時だけです。その答えを呼び水にしてほかの経験を身に付けることができるでしょうか?その答えが頭の中にこびりついて悪影響を与えたりしないでしょうか?それを踏まえながら試行錯誤していくと、自然と考える力って身に付くんじゃないかなと思います。

知識や解法を覚えることは悪いことじゃありません。あくまで武器であり、ボスを倒すための道具に過ぎません。高校時代の友人で数学ができる子が言っていたことです。

「方程式を覚えることはRPGでいうところの武器や呪文を覚えることと同じ。でもボスを倒すために、その武器や呪文をどのタイミングで使うかは自分で考えないといけない。ボスが強くなればその分武器や呪文の数も増えてくるし、組み合わせるパターンも増えてくる。数学も似たようなもん」

だそうです。学校の数学もパターンの暗記って言われがちですが、レベルの高い人からすればしっかりと考える対象のようです。

同じ問題を解いていても考えてきた人と、答えだけ求めてきた人ではレベルが全然違うなって今になって思っています。